東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1638号 判決 1982年5月25日
控訴人 渋谷建設株式会社
被控訴人 高島屋住宅株式会社 外七名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「一、原判決を取消す。二、本件を静岡地方裁判所沼津支部に差戻す。仮に、本件につき自判するときは、主位的請求として、1 被控訴人高島屋住宅株式会社(以下「被控訴会社」という。)は控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の土地及び同温泉権目録記載の温泉権(以下「本件土地等」という。)について、横浜地方法務局小田原支局昭和四八年三月二八日受付第五九九八号をもつてされた各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。2 被控訴人株式会社栃木県農協共済福祉事業団(以下「被控訴事業団」という。)は控訴人に対し、本件土地等についてされた原判決添付登記目録(一)記載の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。3 被控訴人森ヨシ子、同森良彰、同森修身、同森正英、同森千鶴子、同森英樹(以下「被控訴人森ら」という。)は控訴人に対し、本件土地等のうち、前記物件目録記載番号六、七、一七の土地を除く土地等について、相続による所有権移転登記を了したうえ、昭和四六年三月二八日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。4 被控訴人森ヨシ子、同森良彰は原告に対し、前記物件目録記載番号六、七、一七の各土地について、昭和四六年三月二八日売買を原因とする各持分二分の一の所有権移転登記手続をせよ。予備的請求として、被控訴人事業団及び被控訴人森らは控訴人に対し、連帯して、金一億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年三月一〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。
一 主張
(控訴人)
1 原審における本訴の審理については、昭和五五年七月七日開かれた本件第二三回口頭弁論期日において裁判官の更迭があり、新たに裁判官 原孟(以下「原審裁判官」という。)が本訴を担当することになつたので、当事者双方が従前の口頭弁論の結果を陳述し、控訴人がその申請にかかる証人の再尋問を申出たのに、原審裁判官は、昭和四八年(ワ)第一三九号事件(以下「甲事件」という。)に昭和五五年(ワ)第二〇九号ないし第二三二号及び同年(ワ)第三〇六号ないし第三〇九号(以下「乙事件」と総称する。)を併合する旨決定の上、民事訴訟法第一八七条第三項に違反して、右証人の再尋問をすることなく、本件口頭弁論を終結した。
2 控訴人は、原審裁判官に公正を妨ぐべき事情があるとして、昭和五六年六月一五日同裁判官を忌避する旨申立てた(昭和五六年(モ)第四二三号)が、同裁判官は、民事訴訟法第三九条及び第四〇条但書に違背し、昭和五六年六月二五日開かれた本件第二四回口頭弁論期日において、右忌避申立ては忌避申立権の濫用であるとして、自らこれを簡易却下し、原判決を言渡した。しかも右判決言渡は、右却下決定が控訴人に告知されず、確定もしていない間になされたものであるから無効である。
3 よつて原判決を取消し、本件を原審裁判所に差戻すべきである。
(被控訴人ら)
控訴人が証人の再尋問を申出たことは否認し、原審訴訟手続が違法であることは争い、その余は認める。
二 訂正等
1 第六丁裏一行目の「合計一億四九〇〇万円」の次に「(うち、九〇〇万円は売買代金外の金員である。)」を加える。
2 第八丁裏三行目の「三月二九日」を「三月三〇日」に改める。
3 第一六丁表一〇行目の「第二号証」を「第二号証の一、二」に改める。
三 証拠関係<省略>
理由
一 控訴人は、原審第二三回口頭弁論期日において、裁判官の更迭があつたのに、原審裁判官が控訴人の申出にもかかわらず、控訴人申請の証人の再尋問をしなかつたのは違法であると主張するので、先づこの点につき判断する。
1 記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 原審において、本件被控訴人らを被告とする甲事件の審理につき二三回の口頭弁論期日が開かれ、右審理には、第一回から第一五回までは裁判官福田健次が、第一六回から第二二回までは裁判官太田昭雄が、第二三回は原審裁判官が、それぞれ関与した。
(二) この間において、(1) 福田裁判官は、被控訴事業団の申出に基づいて、証人伊藤英一(第一回)を、被控訴会社の申出に基づいて、同会社代表者高山邑治(第一回)を、被控訴人森らの申出に基づいて、被控訴人本人森修身(第一回)を、更に控訴人の申出に基づいて、右伊藤英一(第二回)、森修身(第二回)、被控訴事業団代表者滝田春一、証人佐藤正幸、同竹沢東彦を、それぞれ尋問し、(2) 太田裁判官は、控訴人の申出に基づいて、前記高山邑治(第二回)、証人藤井宏、同中根宏を尋問した。
(三) 昭和五五年七月七日開かれた第二三回口頭弁論期日において、裁判官の更迭があり、原審裁判官が、本訴の審理に関与することとなり、当事者双方が、従前の口頭弁論の結果を陳述し、原審裁判官は、甲事件に乙事件を併合する旨決定し、控訴人が、従前尋問をなした人証全部(但し、佐藤正幸は代表者として、高山邑治及び滝田春一は証人として。)及び新たな人証の申出をなしたが、同裁判官は、直ちに本件口頭弁論を終結して、判決言渡期日を昭和五五年九月二六日午後一時一〇分と指定し告知したところ、控訴人が、民事訴訟法第一八七条第三項に違反するとして、同裁判官に対する忌避申立て(昭和五五年(モ)第四〇八号)をなした。
2 民事訴訟法第一八七条第三項は、直接主義の要請から、証人の再尋問について規定したものである。換言すれば、新たに事件に関与するに至つた裁判官が、直接証人の供述態度に触れて証言の信憑力に関する判断をする必要があるため、右再尋問が必要とされているのである。従つて、裁判官の更迭があつた場合に証人の再尋問の申出がなされたときは、裁判所は、原則として、その尋問をなすべきものであるが、しかし、右再尋問の規定の趣旨によれば、右再尋問の要請は、絶対的なものではなく、その必要性の有無に従い判断せられるべきである。従つて、当事者が、自己に有利な証言の信憑力を強め、或は自己に不利な証言の信憑力を弱めることにより、自己に有利な認定判断を導き得る可能性があるときには、同条所定の再尋問の必要性があるが、仮に右信憑力についての裁判官の判断が変つたとしても、自己に有利な認定判断を導く可能性のない場合には、右尋問の必要性はないというべきである。
本件における第一の争点は、控訴人が、昭和四六年三月二八日訴外森喜一から本件土地等を代金二億六〇〇〇万円にて買受けた売買契約が成立したかどうかであり、原審は、右売買契約の成立は認められないとして、控訴人に敗訴を言渡している。ところで、証人のうち、右三月二八日の話合いに関して証言しているのは、証人藤井宏のみであるが、同証人は、三月二八日の売買の話は、代金支払方法に関する意見の不一致からこわれてしまつたと述べているのである。又証人伊藤英一、同竹沢東彦、同中根宏は、右三月二八日の話合いに関与した者ではないが、右売買契約の成立或は控訴人における本件土地等の所有権の取得について、これを肯定的に述べた証言はなく、何れも否定的であり、証人佐藤正幸に至つては、右係争点について具体的な事情を知らないと述べているのである。かように、前記各証言の内容は、すべて右売買契約の成立につき消極的なもののみであつて、仮にかかる内容の証言の信憑力が弱められたとしても、右売買契約の成立を認定する資料とはならないのである。他に、控訴人の主張にそい、右売買契約の成立を肯定する内容の証拠があつて、前記各証言の信憑力が弱められることにより、右契約成立の認定の可能性が生ずるというならとも角、本件においては、そのような証拠のないことは、原判決の説示にもみられるとおりである。
3 以上の理由により、原審が、控訴人の民事訴訟法第一八七条第三項に基づく証人の再尋問の申出を採用しなかつたことは違法でないというべきである。
二 次に控訴人は、原審裁判官が控訴人の忌避申立てにかかわらず、これを簡易却下して原判決を言渡したことは違法であると主張するので、この点につき判断する。
1 控訴人が本件第二三回口頭弁論期日において原審裁判官の忌避申立てをしたことは先に認定したとおりであり、記録によれば、原審裁判官は、昭和五五年七月七日原審訴訟手続を右忌避申立事件の裁判確定まで停止する旨決定し、静岡地方裁判所沼津支部は、同月一七日右忌避申立てを却下する旨決定し、右裁判は確定したので、原審裁判官は、昭和五六年五月一一日本件の判決言渡期日を同年六月二五日午後一時一〇分と指定し、右期日の呼出状が同年五月一四日控訴人に送達されたこと、これに対し控訴人は、同年六月二日再び控訴人申請の証人尋問をしなかつたことは違法であるとして、その再尋問のため、本件口頭弁論を再開するよう申立てるとともに、同月一五日同裁判官に対する本件忌避申立て(昭和五六年(モ)第四二三号)をしたが、同裁判官は、原審訴訟手続を停止することなく、昭和五六年六月二五日の本件第二四回口頭弁論期日を開き、右忌避申立ては忌避申立権の濫用であるとしてこれを却下した上、原判決を言渡したことが認められる。
2 ところで民事訴訟法には、刑事訴訟法第二四条のような明文の規定はないけれども、忌避の申立てが濫用された場合には、当該裁判官がこれを自ら却下できると解されるところ、前記認定の事実よりすれば、控訴人の前記忌避申立てが忌避申立権の濫用に当ることは明らかであるから、原審裁判官がこれを却下したことには何らの違法もない。
控訴人は、忌避申立ての却下決定が控訴人に告知されていないというが、右却下決定は、控訴人が適式の呼出を受けた口頭弁論期日に言渡されたことにより告知の効力があることはいうまでもない。そして、原審裁判官が、右却下決定の確定前に原判決を言渡したことは、民事訴訟法第四二条に違背するが、記録によれば、右却下決定は、即時抗告の申立てがあり、右即時抗告が棄却されて、確定したことが認められるから、右判決言渡の瑕疵は、治癒されるに至つたものというべきである。
よつて、控訴人の右主張も理由がない。
三 よつて、本案につき判断する。
当裁判所は、当審における証拠調べの結果を考慮に入れても、なお控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は、原判決の理由説示と同一であるので、これを引用する。
四 以上によれば、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉田洋一 松岡登 野崎幸雄)
物件目録<省略>
温泉権目録<省略>
登記目録<省略>